大東亜戦争ここに甦る 大東亜戦争ここに甦る


SNS側でちょっと揶揄したネタですが某ニャン友さんからのコメントが鋭い所を突いてゐたので。



言はずと知れた小室直樹氏の名著『大東亜戦争ここに甦る』。これが出版されたのが平成七年。まえがきの一部を引用しますが以下に擧げる視點から「戰爭に關する項目」を「コロナウイルスの問題」に適宜置き換へて讀んでみて下さい。

世界的パンデミックとなった新型コロナウイルス。このウイルスが 「新型」であると判明した時點で何を爲すべきだったのか?

その場その場の小出しな對應ではなく強引との批判を受けてでも最初の時點で一氣に封鎖・隔離政策を採るべきではなかったのか?

オリンピックだ景氣對策だの言ふ前に、先づカネと力を注ぎ込むのは防疫と治療法の確立ではなかったのか?

何を以てコロナパンデミックの收束とするのか?景氣の回復なのか?それとも治療が行き渡る事なのか?

戰略的失敗を戰術的成功の積み重ねで覆す事はできない。

初期の段階で意志の集中と力の集中を行なふべし。

大東亞戰爭と言ふ大きな教訓がありながらそれを活かせない日本の異常さが今囘のパンデミックによって表面化したと思ひます。


■『大東亜戦争ここに甦る』のまえがきから抜粹■

あの戦争は暴虎馮河(血気に逸って無謀な危険を冒すこと)の戦いであった、というのが今や定説である。戦争を強硬に主張したといわれる陸軍の首脳も、日米の国力比は一対二〇、あるいは一対二五であることはよく知っていた。そのうえ、超大国イギリス(当時)も敵に回せば、国力比は一対三〇以上か。誰が見ても無謀な戦いか。初めから敗けると分かり切っていた戦いか。しかし、世界の戦史を思い出してみると、どんなに無謀な戦争でも敗けると決まってはいない。

勝つはずのない戦争に勝つのはどういう場合か。奇蹟が起きた場合である。この奇蹟に乗じて、意志と力とを集中(concentration of will, concentration of force)すれば勝つ。

大東亜戦争開戦劈頭、大きな奇蹟が二つ起きた。日本は、この二つの奇蹟に乗じて意志と力とを集中して敵を殲滅しえた。だが、これをしなかった。これが最大の敗因である。

プロイセンの参謀総長・モルトケ元帥は言った。「戦争に関して確実に分かっているのはこの一つだけである。すなわち、『確実に分かっていることは何もない』これだけである」と。

東条英機首相(当時)は、米軍の攻勢が本格化した時、やっと反省して告白した。「もっと早く防戦準備をしておくべきであった。二年間、何もしないで空費してしまった」と。

戦争の反省をするのならば、「敗因の研究」は、もっと行なうべきである。しかし、「勝因の研究」もなされるべきである。中国の軍略家は、「勝者敗因を秘め、敗者勝因を蔵す」と言った。

石原莞爾(関東軍参謀、のち参謀本部作戦課長、中将)は、「日露戦争は敗ける戦争であった」と言ったが、連戦連勝の夢に酔う日本人は耳を貸そうとはしなかった。勝った日露戦争の「敗因」を研究していれば、日本は大東亜戦争に敗けることはなかったであろう。
これら二つの奇蹟によって、日本は太平洋の主人となった。いや、実は、世界の波の支配者になった。このことを、日本人は知るや知らずや。このチャンスを日本がフルに利用していたならば! だが、筆者は同時に大きな疑問符をここに提示する。ハワイに、マレーに、そしてミッドウェーに勝っていたならば、日本は大東亜戦争に勝利したのか?

質量ともに日本艦隊が米艦隊を凌駕していた、あのミッドウェー海戦。これに圧勝して、その後の米艦隊の殲滅戦にも大勝していたら、つまり運命の女神が日本海軍に微笑んで、米艦隊を完全に潰滅させていたら、日本は勝ったのか? アメリカはそれで降参したのか?

日本海軍が完璧なる世界の波の支配者となったところで、アメリカは降参しないであろう。する必要がない。アメリカは大陸国家である。北米大陸内に閉じ籠もっても、経済を発展させうる。戦争を継続できるではないか。

そうしたらどうする? ロサンゼルスに上陸し、ワシントン、ニューヨークを占領すべく攻め込むのか。支那相手にすら苦戦した日本陸軍に、そんな力があろうか。プロイセンの大軍事思想家にして『戦争論』の著者・クラウゼビッツは言った。戦争に勝つとは「戦争目的を達成する」ことであると。日本の戦争目的は何であったか。その達成のためにいかにすべきであったか。これを意識した日本人はいなかった。重ねて言う。「敗者勝因を蔵す」。大東亜戦争の「勝因」研究こそ、経済戦争において奇蹟的勝利を収めた現代日本の焦眉の急である。


(31/03/2680)